At The Indie Disco (Divine Comedy)
We go down to the indie disco every Thursday night
Dance to our favourite indie hits until the morning light
At the indie disco, the indie disco
At the indie disco, yeah We’ve got a table in the corner that is always ours
Next to the poster of Morrissey with a bunch of flowers
We drink and talk ‘bout stupid stuff
Then hit the floor for Tainted Love
You know I just can’t get enough
Of the indie disco, the indie disco
At the indie disco, yeah Give us some Pixies and some Roses and some Valentines
Give us some Blur and some Cure and some Wannadies
And now we’re moving to the beat
And staring at each others feet
I wonder if she fancies me
At the indie disco, the indie disco
At the indie disco, yeah And when it’s over and I’m freezing on the night-bus home
I think of her and I sing the words to my favourite song (Oh Yeah)
She makes my heart beat the same way
As at the start of Blue Monday
Always the last song that they play
At the indie disco, the indie disco
At the indie disco, yeah
・便意の話をしようか。便意それはいつも突然だ。でわたしは何を隠そう便意キングなんですよ、ほほほ。便意は突然だからといってこの話自体ひどく唐突なので、ここで前置きすると、昔からあんまり消化器系は強くない私、今でもビフィズス菌にある種の強迫観念をもっていて、1リットル砂糖無添加で(強迫観念でもって)ものの5分でペロリと平らげるぼくなのですが、ここんところ、やはり出張直後あんまり調子が芳しくなく、出かける度に便意が襲ってくるのである。ただしこっちももはや素人ではない、便意と共存する術を少なからず会得しているのであって、たとえばこの広い東京の、主要駅周辺のパブリックなトイレの位置をだいたい把握していて、かつ、ここのトイレは不潔だ、とか、個室がひとつしかないとか、データはイヤガオウにも集積されていて、たとえば渋谷、新宿、原宿、表参道、三軒茶屋あたりのトイレ事情なんぞは熟知している、熟知せねばならないのであって、このレベルに達すると次は、その他の二次的副次的な、訪れる頻度の比較的低い駅についても追々調査をしなければならないのですが、それはとりあえずここでは差し置いて、便意である。この間も渋谷駅で便意に襲われ、とりあえずハチ公口の改札を入って左にあるトイレは利便性は高いものの、あまりクオリティは高くない、それは南口のモヤイ側の公衆トイレもしかり、さて渋谷でこの便意に抗いながらかつ高級な排泄を済ませんとするならば、一番すばらしいのは西武百貨店、しかもLOFTとの間坂道の途中にある入り口から1フロア降りたところにある”多目的トイレ”、すなわち車椅子の方にもやさしく、赤ちゃんのおしめを代える台までついているかなり快適な個室が穴場なのだが、そこまではなかなかの距離なわけで、じゃあTSUTAYAの4Fに行くか?けれどあそこはいつも込んでいて、個室はなかなか見込めない、するとHMVの4Fに行くか、パルコパート1のらんぷ亭に面した階段を地下に降り、占い師コーナーを過ぎたところにある若干奇麗でおしゃれなトイレにするか。
とかこういうことをぼくは年中どこかでやっているような気がして、たとえばそれは大学生のとき、ある企業の面接のため、時間に余裕を持って最寄の駅に降り立つとそこに便意が、あの憎き忌わしい便意が襲ってくるのであって、たとえばそれが田町とか新橋とか青山一丁目とか、副次的な駅だとなおさら、パブリックなトイレを変な汗をかきながら探し、やっとの思いでみつけてほっとすると、もう面接の時間が迫っていたりして、志望動機だの自己PRなどすっかり忘れてしまうのであります。おれはぼくはこんな便意との戦いに人生のかなりの部分を消耗しているのであって!
“おいおい、奴さん、そんなものどこの駅前にもドトールやらエクセルシオールやら、パブリックなコーヒー屋さんのひとつぐらいあるのだから、そこで済ませればよかろうものを”と仰せる向きもありなん、しかしどうだろう、さて例えば聖蹟桜ヶ丘の駅前であなたはふと便意に襲われる、そしてドトールを見つけたとしよう、一刻を争う勝負のとき、あなたはまずぐずぐずミルクレープを頼もうか、やれロイヤルミルクティーにしようか、砂糖とミルクはご利用ですか、などと、もっぱら中年のご婦人集団や、頭の悪そうなカップルが展開するまったく実の無い些細なやり取りの果てに、やっと順番が回ってきて、ブレンドのSでも頼んでだ、砂糖とミルクはご利用ですか、なんてまた通り一遍のやり取りを交わし会計を済ませ、あいてるテーブルを見つけてだ、でやれやれお手洗いは2階とな、と階段を上ってそのトイレが使用中だったりしたら、あなたはどうするよ。コーヒーはひとりぼっちで冷めていくし、でだいたいああいうところのトイレの利用者はなぜだか拘留時間がながい。飲みたくもないのに注文したブレンドの湯気はやがて消え、あなたは2Fの食器下げ台付近で朽ち果ててしまうに違いない。
“おいおい、奴さん、このご時世、ちょっと歩けばコンビニの1つや2つすぐみつかるだろうに”と仰せる方もそちらにいらっしゃる、けれどだんだんこの長文に疲れてきたので端折るがやっと見つけたコンビニにトイレが無い、というのはもはや定説なのです。ましてコンビニのトイレはひとつしか個室がない。これはかなりのギャンブルになってしまう。
で、ここであなただけに、便意キングがこっそり教える便意のための穴場。それはパチンコ屋である。
これはまずどこの駅前にも存在する、だれでもとりあえず入れる、最近は女性客を意識してかわりかし清潔である、コンビニやコーヒーショップの場合のように”なんか買わないと悪いかな”的な気分にも苛まれない、まったくサバサバと用を済ませて街に、活気ある街に快活な気分で戻ることができるのである。
そういつだってトイレはきみのそばにあるんだよ、
怖がらなくたっていいのさ。
夜が来てあたりは真っ暗
月光が照らすのみ
だけれど ぼくは怖くないよ
ぜんぜん怖くないのさ
きみがそうやってそばにいてくれる限り
ねえダーリン、そばにいておくれ
いつもそばに そばにいてくれればいいのさ
(ベン・E・キング”スタンド・バイ・ミー”より、適当な訳:靴)
・さて人はいつもと違う時間帯にいつもと違う場所でいつもと違う食生活をしていつもと違う言葉を使っていつもと違う神経を使って、つまり私の場合直近の出張だったわけですが、のち、帰ってくると、やはりいつもと違う疲労のためか、休日にいつもと違う浅い眠りをむさぼっていると、やれやれまるで筒井康隆か星新一のようなシュールでショートな短編の断片のような夢を10~15くらい立て続けに見て、昼過ぎに起きだすもんだから、疲れが取れるどころかもっと疲れて目が覚めるのであります。それは例えば潜在意識(というコトバはあまり軽々しく使いたくはないのだけれども)の底に長年ヘドロのように沈んでいた澱のようなものが引っ掻き回されて表面に浮かんできては、でたらめなプロットででたらめに姿を現すのでどきっとして目が覚める。記憶って果てしない。記憶。遥か。たとえば当時新卒で就任したお嬢様風の女性教師で、小学校3~4年の時の担任だったごとうゆみ先生が当時のまま出演したり、それでそのごとう先生はその後早い結婚をして、その相手の姓がごじょうで、おかげでごじょうゆみという誤記みたいな改姓をしていたなあとか、高校の体育館で球技大会のバスケットボールの審判をまかされていたり。ある日ある友人の誕生パーティ用のプレゼントを買いに、仕事帰り夜9時も過ぎると開いてる店は銀座はもちろん渋谷にもないので、わざわざ下北くんだりのヴィレッヂヴァンガードに赴いて迷った挙句に元祖ファミコンの廉価版バッタもんを購入、帰路途中茶沢通りの適当なハンバーグ屋さんで適当な大味なハンバーグを食べていたら、やはりその高校時代をテーマにした夢を思い出す。高校時代は賄いつきの下宿のようなところに滞在していたわけですが、そこの当時40代半ばくらいの独身息子がこしらえる賄いというのが大変な大味で、また食べ盛りの高校男児(この僕ですらいつもハングリーだった)が7~8人毎晩餓鬼のように群がってくるわけで、有限のおかずをおかずに、無限に白飯を提供する、というシステムをとるのがまあ妥当なわけで、するとその7、8人の侍どもはこぞって”限られたおかずで如何に白飯を食うか”という点に躍起になるのは論を待たず、1年もその鍛錬を続けた猛者たちは例えおかずが大型のカレー皿にたっぷり盛られたクリームシチュー、それだけであっても、それだけで白飯を3杯くらいは軽く平らげることができるように成長するわけだ。その下宿には”ライズハウス”というたいそう大仰な名前がつけられていて、高校生でも自転車立ち漕ぎがつらいくらいの変に急な坂道を登りきったところにあったのだが、その坂道を登るときにかならず空を見上げるとオリオン座が光っていたので、わたしは今でもふと東京の汚い夜空にオリオン座を見つけると、ああ、これはライズハウスに向かう、あの坂と同じ方角なのだな、と下手なノスタルジアを放出させてすこし照れるわけだ、誰に対してというわけでもなく。今になって思えばあの辺の地名は”貝塚”だった、つまり原始のものたちが貝を食ってゴミ捨て場にしていた塚だったのだね。って何のはなしでしたっけこれは。
・会社でとある写真素材データを取捨選択のうえCDRにコピーしていて、ぼんやりとコピー中に元のCDRの取り出しをしてしまい、僕のVistaがワタワタし始めたので、あー、ごめんごめん、コピー中よね、ちょっと待って、今戻すから、と赤子をあやす感覚でCDRを戻したのだが、Vista君すっかり気が動転、コピー終了まであと55秒と最後に言っていたくせに、”あと47128日”と表示する狂気。あははん、そんな天文学的な、でも47128日後、廃墟と化したトーキョー、パラレルワールドからの遣いで地球を支配しにやってきた正体不明のアンドロイドの動きを止めるため、最後の日本人生存者キムラは、放射能に汚染され立ち入り禁止区域になったギンザに潜入、写真データをCDRにコピーしようとするのだが…、と、コピー終了を待つ自分をよくある世紀末ものVFXディザスタームービーよろしく想像してみたりして、いやあしかし、そんなにこの会社に在籍してるわけないやろう、その頃ぼくはいったい何をしているのんか?と試しに電卓で47128、割るところの365を計算してみたら128年とな、おいおい会社在籍どころか、存命の確率すらほぼない。と自分の数字感覚の鈍さにひとり短く自嘲し仕事にそそくさ戻る。
・月曜にはランチに某マガジン○ウス近くのなんてことない食堂にひとりぶらり。2人掛けのテーブルに座り、するとほぼ同じタイミングで隣の2人掛けにぽつんと一人の可憐な女性が座る。格別な美人、というわけではないが、その何のためらいもなくオヤジサラリーマンだらけの食堂にひとりで現れ、おそらく夜の居酒屋営業時に使っているビアジョッキで出てきた麦茶をごくごく、と飲み、手短かに迷わず生姜焼き定食を注文し、奥のTVのみのも○たを眺めるその姿。やがてみのは今日は何の日?的なコーナーに移り、今日6月3日は旧阪急ブレーブスの福本豊が盗塁世界記録を樹立した日である、という紹介をした後、番組は本人のインタビューを交えてドキュメンタリー調に。まもなく彼女の生姜焼き定食がやってきて、ぼくのテーブルにはソースチキンカツ定食が来た。カツはソースにくぐらせ過ぎでまるで駄菓子みたいな味がしたが、それでもぼくは福本の、なんてことない台詞がテロップになったり、颯爽と塁と塁の間を駆ける姿を眺め、ジョッキの麦茶で口を濯ぎながらカツを食べ、彼女も同じく世界の盗塁王を見上げながら生姜焼きをパクついた。ぼくは先に食べ終わり、先に店を出て、出口でしばし立ち止まって雨空を見上げては、そしていよいよ傘をさして歩き出して、来週から週3回この店に来たら彼女ともう一度隣り合わせで不味いチキンカツ定食を食べれるだろうか、と中学生の初恋のような青い気分で会社に戻ったらあんまり仕事が捗らなくて困ったわ。